時間
家にいくつかあるうちの、主にしている時計が止まった。
いつも無意識のうちに時計を目にしては、
こんな時間だ、急いで食べよう、、
あの時間までに、あれしてこれして、、
と、
実はとても意識していて、かつ支配(という言い方が良いかは分からないが)されていることに気がつく。
そこに『動く時計がない』というだけで、
時間という縛りから解放されたような気持ちになって、
なんとなく、どこまでも広がる『無』という空間にいるような感覚になる。
そういえば、時間という概念は、いつどこから生まれたのかな。
時間にまつわる思い込みを取っ払ったら、私は自分をどこまで広げ、広がることができるのだろう。
流れていくものでもあり、
作り出すものでもあり、
工夫、捉え方、使い方次第でいかようにもできるもの。
有限な中に、どれだけのものを無限に広げられるか。
現実的には、やっぱり時計がないと不便なもので、
結局電池をつけたけど。
流れ行くままにさせるのではなく、
どうにかこうにか、‘私’ が流れをリードし分配できるようにありたいものである。