大きな一歩、小さな一歩
恥ずかしながら、
自分に対して、一番ジャッジして一番苦しんでいたのは、わたし自身だった。
いつのころからか、
自分のキャパ以上に食べては気持ち悪くなり吐く、ということを繰り返していた。
あれはダメだ、
こうでなければならない、
ああなりたい、
こうでありたいなど、
自分の描く理想に、
捉われたくないと思いながらも、結局は一番こだわって捉われていた自分。
捉われないことに捉われないようにするために必死で、
そうなりたくないと思えば思うほど、結局はそうなっていく現実。
イメージングや現実化のことを勉強して分かっているつもりなのに、なかなか実際にはできない自分に嫌気がさして、結果、また繰り返してしまう行動。
わたしの場合は、その矛先が『食べること』だった。
前に比べればゆるくなってきていたとはいえ、
結局は自分をまだまだ許せていなかったんだなぁ。
本当に、何やってんだと思う。
本当に、何やってんだと思った。
だから、自分自身や食に対して、思うことを全部書き出して、
書き出したあとは、その一つ一つの横に矢印を書いて、肯定の言葉に置き換えた。
そしたら、出てくる出てくる。
自分に対する恐れ、不安、執着、コンプレックス、迷い、、。
なんだかんだ言いながら、自分のこと全然受け入れられてなかったんだな~って。
うわっつらだけは自分のことを認めて好きになったようなことを言いながら、
その奥では、まだまだ人の目線気にしたり、自分で自分のこと指摘・非難したり、そしてそんな自分をまた責めたり。
書き出されたものを見て、
しんどかったな、つらかったな、と素直に認めてあげられた自分がいて、
わたしの中にいた『自分を批判して否定するもう一人のわたし』が不思議とすーっと小さくなった。
こんなにも執着や不安があったことを認めると同時に、
見方一つ変えて裏を返せば、でも良いところいっぱいあるやんねと。
憧れたり、理想を描くことが悪いんではなくて。
でも、だからと言って今の自分を否定することないよね。
こんなにも良いところいっぱいあるやんかと。
食べることが大好きで、
でも、食べることが怖かった。
でも、あの日以降、あんなにも毎日びくびくしていたのに、自然とそれがなくなった。
『 “ 努力して ” 考えないようにする、恐れないようにする』ことがなくなった。
今までは、中途半端に心のどこかでいつも我慢やセーブをかけていたから、
それが時に爆発して過食や嘔吐に繋がっていたけど、
それがなくなったら、心から満足して食べられるようになった。
そして、とても自然なカタチで、過食もなくなった。
何より、そうやって何でも美味しく食べることができ、身体の調子が良くなった。
なんでこんな簡単なことが今までできなかったんだろうと不思議に思う。
でも、きっとこの数年の過程がわたしには必要だったんだろうなぁ~。
ずっと外したくて、でもなかなか外すことのできなかった枠。
ようやく、その枠の壁にひびくらい入れることができたかな。
もし、万が一また同じようなことが起こったとしても、
今なら、そんな自分も認め、受け入れられる気がする。
この世の中、この世界、この現実、、全てを『どう見るか』は、自由だ。
自由とは、自らに由る(よる)と書く。
つまり、自分がどうみたいか、自分がどう捉えたいか。
今までもそう思ってきたつもりでいたけど、
それ以上に、そうできないもう一人の自分となかなか仲良くなれなず、そのギャップに葛藤していた。
『現実は、ただ現実』でしかないのに、それに勝手に意味付け・色付けして、苦しむ。
そうやって悩むのが人間なのかなとも思うけど、それで自分傷つけるほど悲しいことはないよね。
吐くなんて馬鹿だなとか、なんでそんなことをするのかと思う人もいっぱいいると思う。
矛盾してるけど、自分でもそう思うから。
でも、悲しいかな、それは止められないことが多くて、かつ、自分自身もしんどくてつらかったりする。
まだ、この越えかけている壁を完全に打破できたと言えるかどうかは不明。
でも、とてもポジティブな意味でドキドキしながら、
今のこの過程を楽しんでいるわたしがいる。
今はとても小さな自信。
でも、この芽を見守りながら大切に育てて、揺るがない大きな幹にしたいなと思う。
わたしにとって、大きな大きな、うれしい第一歩。
書くのを少しためらった。
でも、これが今のわたし。これも今のわたし。
他の誰でもなく、これはわたしのわたしのためのブログでもあるから。
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久しぶりに行くカフェで頼んだコーヒー。
以前行った時には、なんとなく自分の中でヒットしなかったこのお店の味。
でも今日飲むと、今のわたしにはとてもフィットしてくれる味に感じた。
味覚がちゃんと働いていることや、
こうして自分の中の変化をキャッチできたことがうれしくて、
あ~わたしの心や身体も日々変わってるんだと思えて、
自分で自分が愛しく思えた今日の朝のできごと。
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三歩進んでは二歩下がるような毎日だけど、
それでも、ちょっとづつちょっとづつ前に進んでいると思う。
それがたとえ大きくても小さくても、わたしにとってはどれもが大事な一歩。